大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和39年(モ)14149号 判決 1965年2月01日

債権者 近藤シヅ

債務者 合資会社信洋社

主文

当裁判所が当庁昭和三九年(ヨ)第五六二六号占有妨害禁止仮処分申請事件について同年九月七日になした仮処分決定を認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

一、債権者の主張

債権者は主文同旨の判決を求め、その理由として次のとおり述べた。

(一)  債権者は別紙目録<省略>記載の土地(以下本件宅地という)を所有者申請外山城義秀より賃借し、同地上に登記ある建物を所有して、これを占有していた。

(二)  債権者は昭和三九年四月二五日頃右山城より右建物改築の承諾を得て、同年六月右建物の取りこわしに着手し、同年七月上旬基礎だけを残して取りこわしを完了した。

(三)  同月一七日に債務者が本件宅地に有刺鉄線をはり、債権者の占有を妨害するに至つた。

(四)  債務者は同年七月一二日に本件宅地を前記山城より買受け、同月一五日にその旨登記している者であるが、前述の債権者と申請外山城との関係を知りながら、このような行為をするのは権利の乱用である。

二、債務者の主張

債務者は「原決定を取り消す。仮処分申請を却下する。」旨の判決を求め、その理由として次のとおり述べた。

(一)  債権者が本件宅地を地主申請外山城義秀より賃借期間昭和四五年一二月一日までの約で賃借し、同地上に登記ある建物を所有して、これを占有していたことを認める。

(二)  申請外山城が右建物の改築を承諾したことを争う。債権者が右建物を取りこわしたことを認める。

(三)  債務者が本件宅地に有刺鉄線をはつた事実を認める。

(四)  債務者は債権者が建物を取りこわした後の昭和三九年七月一二日に本件宅地を申請外山城義秀らから買受け、同月一五日に登記して引渡を受けた者であるから、債務者が悪意であつても、債権者は賃借権をもつて対抗できない。したがつて債権者には本件宅地を占有する権利がないから、その仮処分申請は失当である。

三、疏明関係<省略>

理由

一、債権者が本件宅地を地主である申請外山城義秀から賃借し、その上に登記のある建物を所有していたこと(詳しく述べれば、申請外田中シゲが申請外山城太兵衛より昭和二五年一二月二日に昭和四五年一二月一日までの二〇年間の約で賃借し、昭和二六年頃に債権者がその母申請外田中シゲの賃借権を賃貸人の承諾を得て譲り受け、昭和二八年五月四日右山城太兵衛の死亡により申請外山城義秀ほか二名が相続により地主、賃貸人の地位を承継したこと)は当事者間に争いがない。

二、本件宅地上の右登記建物が昭和三九年七月上旬債権者によつて取りこわされたことも当事者間に争いがない。その事情について判断するのに、仲沢利雄証言、債権者本人供述、成立に争ない甲第五号証によれば、前記建物は債権者の母前記田中シゲが料理屋として使用していたが、同女の病のためなどの事情から、債権者は昭和三九年四月二五日頃に申請外山城義秀方におもむき、同人が留守であつたので同人の母および妻に対し、借地権を第三者に譲渡するか、建物を改築して営業を変更するかしたい旨申し出たこと、同日夜に申請外山城義秀に電話して同様の申し出をなし、同人は借地権を譲渡するのであればいわゆる書換料を要求するがその額はいずれ知らせる旨の返事をしたこと、その後債権者は改築に方針を決め同年五月二〇日頃申請外山城義秀に電話して建物を解体して改築する旨申し出て同人より承諾を得たこと、債権者は申請外仲沢利雄に建築を依頼し、建築許可も得て、同年六月に建物の解体に着手し、七月はじめに建物の基礎だけを残して取りこわしを完了し、同月九日に申請外山城義秀に電話して取りこわし完了を報告したこと、債権者は同月一八日に地鎮祭をして建築をはじめる予定であつたこと、本件宅地の隣地は債権者の所有宅地であり、従前から両土地を合せて使用しており、改築後もその予定であつて、建物取りこわし後も右仲沢利雄が両土地を管理していたこと、の事実が認められる。

右認定に反し、改築について承諾していない旨の山城義秀証言は信用できない。(右証言によれば、山城義秀は同年六月一〇日頃建物取りこわしを知り、同年七月九日には建物取りこわし完了の報告を受けながら、しかも債権者方の電話番号も知つているのに、改築、取りこわしに異議を表明していないなど納得できない。)

なお債務者は債権者に地代滞納など不信事実があると主張するが、山城義秀証言、成立に争ない甲第二号証の一、二によれば、地代は四ケ月に一度くらい申請外山城が取立に行く慣例であつたことが明らかであつて、債権者側に信義に欠ける行為があつたとは認められない。

三、債務者が本件宅地について昭和三九年七月一五日に同月一二日の売買を原因とする所有権移転登記をなし、同月一六、一七日頃本件宅地に有刺鉄線をはつたことは当事者間に争いがない。その前後の事情について判断するのに、山城義秀証言、成田善三郎供述、成立に争ない甲第三号証の一、二によれば、申請外山城義秀は、建物取りこわしの報告を受けてのち、かねて訴訟事件を通じて知つていた申請外成田(哲雄)弁護士に本件宅地について相談したところ、同弁護士に本件宅地を第三者に売却すればよいと教えられ、同弁護士の実父成田善三郎実弟信雄を紹介され、本件宅地を債務者(右成田善三郎および成田信雄はその代表社員である)に売却するに至つたこと、債務者は有刺鉄線をはつて債権者の本件宅地使用を妨げ、(これに対し債権者は更にその外側に塀を立てて債務者の立入を不可能にしたが、)また成田法律事務所ないし成田善三郎法律事務所名の用紙(成田善三郎が現在弁護士でないことは当事者間に争いがない)を用いて債務者の本件宅地買受の結果債権者の宅地賃借権は対抗できなくなつた旨の書面を送つたことが認められる。なお山城義秀証言は借地権の譲渡をおそれて本件宅地を売却したというが、前記改築の事情および借地権譲渡については地主は異議をのべて妨げうることに照らし右証言部分は信用しがたい。

四、以上の事情からすると、債務者の本件宅地買受とその後の行動は、債権者の本件宅地賃借権を侵害するための行為であると考えるほかない。建物保護法第一条は登記建物のある場合にのみ賃借権に対抗力を与える旨を規定し、したがつて登記建物が存在しなければ賃借権をもつて対抗しえないとするものではあるけれども、本件のような登記建物の改築の間隙を狙つて故意に賃借権を侵害する行為を是認するものとは解されない。本件の場合、右規定にも拘らず、債務者の詐害的行為の故に、債権者はその賃借権を土地所有権取得者である債務者に対抗しうるものと考える。

したがつて土地所有権の行使として債権者に本件宅地の引渡を請求できる旨の債務者の主張は採用しない。

五、債務者が債権者の本件宅地占有を妨害したことは前記認定のとおりであるから、その妨害を禁止し、有刺鉄線の除去を許した原決定は相当である。よつて原決定を認可し、訴訟費用について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 花田政道)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例